2009年2月2日付、メドベージェフ大統領のビデオブログ。
クレムリンの公式HPから。
ロシア語テキストはこちら。
※映像途中にロシアの大学の風景、大統領の視察風景あり。
(仮訳)
2009年2月2日 モスクワ
高等教育及び学生支援について
D.メドベージェフ:
敬愛する皆様、まず始めに、私のビデオメッセージのサイトにコメントを残してくれていることに感謝したい。これらのコメントは、現況、皆さんを、我々の誰もを不安にさせている、まさに焦眉のテーマについてのものである。これらのコメントを読んでいる、これらは実に様々だ。そして、単に読むだけではなく、これらに答えようと計画しているところである。同時に、行政機関にも注意深くこれらコメントを分析し、必要な場合には相応しい課題を立案準備するよう、委任した。直近のビデオメッセージの中では、最も重要なテーマの中からいくつか触れてみるつもりである。そして、それに加えて、勿論、一連の質問については、特に文書の答えを準備し、示していく。
さて、今日、いくらか時間をとりたいテーマである。高等教育機関に関連する金銭面での課題、それは無論、学生達の問題について、いくつかお話したいと思う。
現在、為替政策の変更や一連の他の諸問題のために、全ての学生が、自分の授業料を支払うだけのお金を工面できる、または簡単に工面できるというには、程遠い状況にある。これはいつの時も学生にとって簡単な問題ではなかったものの、国家が金融の困難に陥っているときには、とりわけ深刻である。この関連で、いくつか提案があるので、今日お話したい。
第一の提案は、より積極的に教育ローンを展開することである。現時点で既に、良く学んでいる学生、順当な学識を示している学生が教育ローンを受けられるための、基準となる文章は準備された。このローンは教育期間に与えられ、高等教育機関を卒業後、最小の利率で返済することになる。このローンが提示される当然の条件としては、勿論、順当な学業成績である。
私が提案するもう一つのアイデア、それは教育に対する高等教育機関、大学への支払いを、私達の通貨の相場の変動あわせることなく、固定させることである。ルーブルに固定し、教育サービスが提供される全期間に対して相応しい数値を用いることである。これはとても公正なことに思われる。この機会に、高等教育機関が受け取るお金は、恐らく、幾らか少なくなるであろう、と同時に、そうなれば、学生達にとって、為替レートを追いかける必要もなく、常に数値の変動に左右されて新たにお金を探す必要もなくなり、より快適な状況となるだろう。そして、これは学生達がより信頼を置き、教育期間により安定を感じることを可能にするだろう。
もう一つのテーマは、今我々が見直しと管理の段階に来ている、高等教育機関の過剰に関するものである。我々の考えでは、今日それらの全てが要求水準を完全に満たしているとは到底言えず、周期的にライセンスや公式認可の証明についての問題が提起されるほどである。思うに、もちろん、我々は教育の質のために行わねばならないが、と同時に、現時点でそれぞれの教育機関が困難な状況から抜け出し、順当な教育レベルを示すようにするべきである。そして、この機会には、我々は高等教育機関に対し、その管理の過程で立ち表れた問題を克服する可能性を提供するだろう。
最後に、もう一つお伝えしたい提案がある。今日、高等教育機関の中には、人々、学生達が有償で学ぶ場と、同時に、無料の場がある。思うに、特に現在の条件下では授業料の支払い能力のない人に対する奨励金という方法で、これら有償の場所を政府の保証による無料の場へと移行させる可能性を考慮に入れることは、正しいことだろう。実際、はっきりした稼ぎを失ってしまいうる故に、彼らが好き好んでこうしたことをすることはない。しかし、思うに、この状況下で、最大限度にこの可能性を用い、良い成績を残している優秀な学生に、無料の予算のある場へと移る可能性を提供することが、不可欠なのだ。
これらが私の提案である。早期に私は然るべき任務を政府と教育科学省に与えよう。これが学生達が今日直面している困難を克服する助けとなることを期待している。
-----------------------------------
取り急ぎ。
2009/02/02
2009/01/30
メドベージェフ大統領 ビデオブログ 1月12日
2009年1月12日付、メドベージェフ大統領のビデオブログ。
クレムリンの公式HPから。
ロシア語テキストはこちら。
※映像途中に大統領がスキーで滑走する映像あり。
(仮訳)
2009年1月12日 2009年1月9日ソチ(クラースナヤ・パリャーナ)にて収録
タイトル:私達の国の休暇の文化と大衆スポーツの発展
メドベージェフ:
敬愛する皆様!
もう一度、皆さんにお祝いを申し上げたい、明けましておめでとう!
皆さん休暇を楽しんだことだと思う。今年の新年の休暇はとても長いものだった。
さて、とても重要だと思われるあるテーマについてお話したい。それは、私達の国の運動体育とスポーツの発展に関わるテーマである。
実際のところ、最近では、何百万の国民の休暇の為の一般的な環境を整えるために、運動とスポーツの発展に向けた非常に多くの様々なものが作り出された。けれど最大限率直に言えば、これまでに成されただけでは、全く持って不十分だ。そして恐らく、この新年の休日が、こうした休暇の一般的な過ごし方を何百万の国民に広めるために、体育や私達の国の大衆スポーツを如何に発展させるべきか、といったテーマについてちょっとした議論を始める良い契機となるだろう。
ご存知の通り、ロシアでは2014年に冬季五輪が開催される。今、言ってみれば、あらゆるプログラムについて、それに向けた準備が進められている。新たな施設が建設され、新たな競技場、スポーツ関連設備が整備されている。また、私達たちはこうした準備を、世界金融危機のために非常に深刻化した直近の世界そしてロシアの金融情勢にも関わらず、続けている。これは削減を許されるようなテーマではないと思う。何故なら、結局は、人々の気分や国民の健康と呼ばれているものは、これらに依ることになるからだ。
それから、この関連で、私達誰もが休息の仕方を身につけねばならないと考えている。知っての通り、率直に言って、ソ連時代にはこういった類の休息やこうした文化は、単純になかった。仮に外国の何処かに出かけて行ったとして、私達の誰もが、私達の隣人達が如何に休暇を楽しめているか、驚きを持って見つめたことだろう。まさにこうした休暇の文化、こうしたスポーツの文化をこそ、私達の国にも創り出すべく取り組まねばならない。それはつまり、運動をし、家族と一緒に休養し、そこから大きな充実感を得ながら、このような大型新年休暇や夏季休暇を、一般的な人間的な条件下で過ごすためなのだ。
休暇についての問題は、須く個人的な問題であるし、私達の誰もがどう休養するか自分で決めている。私は、今年は、ソチのクラースナヤ・パリャーナでスキーをして過ごした。今日、私達にももう、そうした意味で、休暇の為の十分価値ある相応しい環境、まさに多くの欧州諸国にあるような環境が整っていると思う。
私は素直に皆さんにこう言える、こういう風に休養するのは、大きな喜びであり、大きな満足である、と。私は大変気に入った。
あと少し、私のビデオブログをどう活かすか、話したいと思う。ご存知の通り、この定期的ビデオ・メッセージは9月7日に公開を始めた。そして、最近、敬愛する皆さんからの要望を叶える準備が出来てきた、と思う。まず始めとして、コメント欄に設置についての提案があったので、今、まさにそうした機会ができたことをお伝えしたい。このビデオブログに自分のコメントを残して、皆さんが望んだことを全て述べ得るだろう、と期待している。私はそれらを読むのが楽しみである。
------------------------------------------------
・・・ぶっちゃけ、『みんな、休暇はスポーツしようね!』ってだけです、かね。
訳がどうもこなれない。
ロシア語をロシア語で勉強していると、文章の大意は日本語で理解・説明できても、個別の各文についてとなると細かいニュアンスをどう日本語に訳して良いかがつかめない。
文学作品とか原文と訳を対照させながら読めば良いのだろうけれど。
ビデオブログが更新されていたのに、気づかなかった。
コメント欄のみならず、サイトのデザインも一新されて、rssも付いたようで。
クレムリンの公式HPから。
ロシア語テキストはこちら。
※映像途中に大統領がスキーで滑走する映像あり。
(仮訳)
2009年1月12日 2009年1月9日ソチ(クラースナヤ・パリャーナ)にて収録
タイトル:私達の国の休暇の文化と大衆スポーツの発展
メドベージェフ:
敬愛する皆様!
もう一度、皆さんにお祝いを申し上げたい、明けましておめでとう!
皆さん休暇を楽しんだことだと思う。今年の新年の休暇はとても長いものだった。
さて、とても重要だと思われるあるテーマについてお話したい。それは、私達の国の運動体育とスポーツの発展に関わるテーマである。
実際のところ、最近では、何百万の国民の休暇の為の一般的な環境を整えるために、運動とスポーツの発展に向けた非常に多くの様々なものが作り出された。けれど最大限率直に言えば、これまでに成されただけでは、全く持って不十分だ。そして恐らく、この新年の休日が、こうした休暇の一般的な過ごし方を何百万の国民に広めるために、体育や私達の国の大衆スポーツを如何に発展させるべきか、といったテーマについてちょっとした議論を始める良い契機となるだろう。
ご存知の通り、ロシアでは2014年に冬季五輪が開催される。今、言ってみれば、あらゆるプログラムについて、それに向けた準備が進められている。新たな施設が建設され、新たな競技場、スポーツ関連設備が整備されている。また、私達たちはこうした準備を、世界金融危機のために非常に深刻化した直近の世界そしてロシアの金融情勢にも関わらず、続けている。これは削減を許されるようなテーマではないと思う。何故なら、結局は、人々の気分や国民の健康と呼ばれているものは、これらに依ることになるからだ。
それから、この関連で、私達誰もが休息の仕方を身につけねばならないと考えている。知っての通り、率直に言って、ソ連時代にはこういった類の休息やこうした文化は、単純になかった。仮に外国の何処かに出かけて行ったとして、私達の誰もが、私達の隣人達が如何に休暇を楽しめているか、驚きを持って見つめたことだろう。まさにこうした休暇の文化、こうしたスポーツの文化をこそ、私達の国にも創り出すべく取り組まねばならない。それはつまり、運動をし、家族と一緒に休養し、そこから大きな充実感を得ながら、このような大型新年休暇や夏季休暇を、一般的な人間的な条件下で過ごすためなのだ。
休暇についての問題は、須く個人的な問題であるし、私達の誰もがどう休養するか自分で決めている。私は、今年は、ソチのクラースナヤ・パリャーナでスキーをして過ごした。今日、私達にももう、そうした意味で、休暇の為の十分価値ある相応しい環境、まさに多くの欧州諸国にあるような環境が整っていると思う。
私は素直に皆さんにこう言える、こういう風に休養するのは、大きな喜びであり、大きな満足である、と。私は大変気に入った。
あと少し、私のビデオブログをどう活かすか、話したいと思う。ご存知の通り、この定期的ビデオ・メッセージは9月7日に公開を始めた。そして、最近、敬愛する皆さんからの要望を叶える準備が出来てきた、と思う。まず始めとして、コメント欄に設置についての提案があったので、今、まさにそうした機会ができたことをお伝えしたい。このビデオブログに自分のコメントを残して、皆さんが望んだことを全て述べ得るだろう、と期待している。私はそれらを読むのが楽しみである。
------------------------------------------------
・・・ぶっちゃけ、『みんな、休暇はスポーツしようね!』ってだけです、かね。
訳がどうもこなれない。
ロシア語をロシア語で勉強していると、文章の大意は日本語で理解・説明できても、個別の各文についてとなると細かいニュアンスをどう日本語に訳して良いかがつかめない。
文学作品とか原文と訳を対照させながら読めば良いのだろうけれど。
ビデオブログが更新されていたのに、気づかなかった。
コメント欄のみならず、サイトのデザインも一新されて、rssも付いたようで。
2009/01/29
-40℃の天気予報に慄いてみる。
2009年1月29日16:25付 Новая газета紙のサイトから
(仮訳:一部意訳)
あと10日程で、モスクワは-40℃の寒気に曝される可能性がある。
1月31日、気温は-13℃まで落ち込みそうだ。だが、「エコーモスクワ(注:たぶんラジオ局)」が伝えたところによると、翌週金曜から土曜にかけての深夜、さらに急転する、つまり、メガポリス(原文ママ)の大気は-23℃まで冷え込み、2月7日の日中も気温は-18℃を示すだろう。
長期予報によれば、気温の低下はそれにトドマラナイ。その翌日、土曜から2月8日の日曜にかけての深夜、気温は-33℃まで冷え込み、休日の日中も、首都の住民達は-26℃の寒さを甘受せねばなるまい。
日曜から2月9日月曜にかけての深夜について、気象学者たちは、-38℃までの冷え込みを予想している。
しかし、気象観測センター長のロマン・ビリファンドはこの予報に懐疑的な態度を示している。彼が言うには、「モスクワ周辺地域において気温が-40℃になるなんて、現実と常識の限界を超えている。-40℃の寒波はありうる、しかしそれはモスクワや中緯度の地域ではなく、ヤクーツクやクラスノヤルスク地方である。」とのことである。
・・・本当だったら耐えられません。
まぁ、まずそこまで寒波が訪れることはないでしょう。最後の気象センター所長さんの言の通り、常識を超えている。
というか、有り得ない予報を平然と引用して、最後に有識者の言葉で平然と否定する記事の構成が、なんかだね。
因みに、個人的には-5℃~-10℃くらいが一番好きですね、適度に空気が張り詰めて。それより暖かいと雪が解けるので道路がドロドロになって頗る気持ちが悪い。しかも一度融けて再び氷になった方が道が滑る。
あと、-10℃近いと雪が結晶の形のまま降ってくるから綺麗です、雪の結晶ってロシア来て初めてみたなぁ。
そういえば、サハリンでの麻生-メドヴェージェフ会談は2月18日開催でほぼ決定されたらしいですね。
サハリン2のガス価格の決定と延期を繰り返してたプーチン首相来日に向けた調整が議題になるとかなんとか。
Через 10 дней в Москве возможны морозы почти до 40 градусов.
31 января температура упадет до минус 13 градусов. А переломный момент произойдет на следующей неделе в ночь с пятницы на субботу: воздух в мегаполисе остынет до минус 23, а днем, 7 февраля, термометры покажут 18 градусов мороза, сообщает «Эхо Москвы».
По долгосрочному прогнозу, понижение температуры не прекратится. Уже на следующий день, в ночь с субботы на воскресенье, 8 февраля, воздух остынет до минус 33, а днем в выходной столичным жителям придется смириться с 26-градусным морозом.
В ночь с воскресенья на понедельник, 9 февраля, метеорологи прогнозируют понижение температуры до минус 38 градусов.
Однако директор Гидрометцентра Роман Вильфанд скептически относится к этим прогнозам. «Температура почти минус 40 градусов в столичном регионе – за пределами реальности и здравого смысла. Сорокаградусные морозы возможны, но не в Москве и в умеренных широтах, а в Якутии и Красноярском крае», – сказал Вильфанд.
(仮訳:一部意訳)
あと10日程で、モスクワは-40℃の寒気に曝される可能性がある。
1月31日、気温は-13℃まで落ち込みそうだ。だが、「エコーモスクワ(注:たぶんラジオ局)」が伝えたところによると、翌週金曜から土曜にかけての深夜、さらに急転する、つまり、メガポリス(原文ママ)の大気は-23℃まで冷え込み、2月7日の日中も気温は-18℃を示すだろう。
長期予報によれば、気温の低下はそれにトドマラナイ。その翌日、土曜から2月8日の日曜にかけての深夜、気温は-33℃まで冷え込み、休日の日中も、首都の住民達は-26℃の寒さを甘受せねばなるまい。
日曜から2月9日月曜にかけての深夜について、気象学者たちは、-38℃までの冷え込みを予想している。
しかし、気象観測センター長のロマン・ビリファンドはこの予報に懐疑的な態度を示している。彼が言うには、「モスクワ周辺地域において気温が-40℃になるなんて、現実と常識の限界を超えている。-40℃の寒波はありうる、しかしそれはモスクワや中緯度の地域ではなく、ヤクーツクやクラスノヤルスク地方である。」とのことである。
・・・本当だったら耐えられません。
まぁ、まずそこまで寒波が訪れることはないでしょう。最後の気象センター所長さんの言の通り、常識を超えている。
というか、有り得ない予報を平然と引用して、最後に有識者の言葉で平然と否定する記事の構成が、なんかだね。
因みに、個人的には-5℃~-10℃くらいが一番好きですね、適度に空気が張り詰めて。それより暖かいと雪が解けるので道路がドロドロになって頗る気持ちが悪い。しかも一度融けて再び氷になった方が道が滑る。
あと、-10℃近いと雪が結晶の形のまま降ってくるから綺麗です、雪の結晶ってロシア来て初めてみたなぁ。
そういえば、サハリンでの麻生-メドヴェージェフ会談は2月18日開催でほぼ決定されたらしいですね。
サハリン2のガス価格の決定と延期を繰り返してたプーチン首相来日に向けた調整が議題になるとかなんとか。
2009/01/14
聖徳太子は架空の人物!?
先日のエントリーの中で、社会的構築主義を取り上げた。
この中でも若干触れたが、構築主義の立場から、「歴史」というものは、現在の我々が当時の時代的な価値基準や行動原理を持ちえない以上、残された物証や資料から当時を想像し、解釈したものでしかない、と言える。
よって、新たな物証等が見つかったり、新たな視点が導入されたりすれば、解釈が変わり、「歴史」が再構築される、ということが良く起こる。
言い換えると、「解釈」するにあたっての基準が、現代の思潮や視点による限定性を伴っている故に、「歴史」は(単なる過去という静的なものでなく)動的なものとなる。他方で、現在の思潮や視点それ自体の中に、「歴史」に依拠した言説もその一部として含まれており、再帰的に現在もまた構築されている。
例えば、ある共同体が「歴史」を共有することで現在の紐帯が生まれている時、その視点からの「歴史」はそれを裏付けるものとして解釈(それは時にフィクションの場合ですらある)され、それが現在をより強固なものとする、なんてこともある。
勿論、純粋な歴史学の立場で静的な歴史の真実を求めるアプローチも学問として確立されていようが、歴史学の顔をして、極めて現代的な関心でのみ、「歴史」を扱っている言説も多い。
(こうした意味で、所謂「歴史認識」の問題は、あくまで「歴史」ではなく「現代」の問題だと意識されねばなるまい。)
話が逸れた。
取り上げたかったのはこれ。
上武大学大学院の池田信夫教授のブログで、改訂された参考書「日本史研究」において、新たになった日本史の定説について書かれた、興味深い記事があったので、引用メモさせていただく。
・・・あら、あらら。
うわ、「聖徳太子」って架空の人物、ってのが歴史学の定説になってるんだ!?日本史の参考書に聖徳太子の肖像、載ってないんだ!
その他も衝撃的だなぁ。
たかだか十年二十年前に学校で習ったこと、これまで「真実」として勉強してきたことが、結構変わってますね。
いやー、興味深い。
この中でも若干触れたが、構築主義の立場から、「歴史」というものは、現在の我々が当時の時代的な価値基準や行動原理を持ちえない以上、残された物証や資料から当時を想像し、解釈したものでしかない、と言える。
よって、新たな物証等が見つかったり、新たな視点が導入されたりすれば、解釈が変わり、「歴史」が再構築される、ということが良く起こる。
言い換えると、「解釈」するにあたっての基準が、現代の思潮や視点による限定性を伴っている故に、「歴史」は(単なる過去という静的なものでなく)動的なものとなる。他方で、現在の思潮や視点それ自体の中に、「歴史」に依拠した言説もその一部として含まれており、再帰的に現在もまた構築されている。
例えば、ある共同体が「歴史」を共有することで現在の紐帯が生まれている時、その視点からの「歴史」はそれを裏付けるものとして解釈(それは時にフィクションの場合ですらある)され、それが現在をより強固なものとする、なんてこともある。
勿論、純粋な歴史学の立場で静的な歴史の真実を求めるアプローチも学問として確立されていようが、歴史学の顔をして、極めて現代的な関心でのみ、「歴史」を扱っている言説も多い。
(こうした意味で、所謂「歴史認識」の問題は、あくまで「歴史」ではなく「現代」の問題だと意識されねばなるまい。)
話が逸れた。
取り上げたかったのはこれ。
上武大学大学院の池田信夫教授のブログで、改訂された参考書「日本史研究」において、新たになった日本史の定説について書かれた、興味深い記事があったので、引用メモさせていただく。
・「魏志倭人伝」は存在しない:三国志の一書である魏書に「倭人の条」があるだけで、「倭人伝」という書物はない。その内容も後代になって書かれた伝聞や推測で、信頼性は低い。
・「任那日本府」は存在しなかった:4世紀ごろ、朝鮮半島の南部に加耶と呼ばれる小国の連合があったが、任那という統一国家はなく、日本の植民地でもなかった。これは『日本書紀』の誤った記述。
・世界最大の墓は「仁徳天皇陵」ではない:堺市にある大仙陵古墳は、つくられた時期が仁徳天皇の在位期間と違うので、彼の墓ではありえない。被葬者が大王(おおきみ)であることは確実だが、内部調査が許されないので誰かわからない。
・「聖徳太子」は架空の人物:厩戸王という推古天皇の甥が、氏寺として斑鳩寺(のちの法隆寺)を建立したことは事実だが、彼は「皇太子」でも「摂政」でもなかった(そういう地位は当時まだなかった)。十七条の憲法をつくり、『三経義疏』を著して仏教を日本に導入した聖徳太子というのは、厩戸王の死後に成立した「太子信仰」の一種で、『日本書紀』が複数の人の業績を合成してつくった架空の理想的知識人である。紙幣に使われた有名な肖像画も、彼の肖像かどうかわからないので本書には出ていない。
・「大化の改新」は存在しなかった:645年に、中大兄皇子らが蘇我入鹿(厩戸王の家系)を謀殺する政変(乙巳の変)が起こった。しかし「改新の詔」というのは『日本書紀』に書かれているだけで、そういう改革が行なわれた証拠はない。「万世一系」というのは神話で、このように古代には複数の王家が権力抗争を繰り返していた。
・天武天皇以前に「天皇」はいなかった:私的な家長の名称である大王が「天皇」と呼ばれるようになったのは、従来は推古朝(6世紀末)とされていたが、その根拠は疑わしい。唐をまねて天皇という称号を使うようになった最古の記録は677年、天武天皇の時代の木簡である
・・・あら、あらら。
うわ、「聖徳太子」って架空の人物、ってのが歴史学の定説になってるんだ!?日本史の参考書に聖徳太子の肖像、載ってないんだ!
その他も衝撃的だなぁ。
たかだか十年二十年前に学校で習ったこと、これまで「真実」として勉強してきたことが、結構変わってますね。
いやー、興味深い。
2009/01/13
月九が観たい。
人に教わったんですが、
今クールの月九『VOICE~命なきき者の声~』のロケ地が都内某所らしい。
都内某所・・・この辺↓

・・・観たい、観たすぐる。
聞けばなんと、昨年10月4日放送の特別ドラマ『ガリレオΦ』も都内某所だったらしいじゃないか!?
観たひ・・・。
郷愁に駆られますなぁ。
今クールの月九『VOICE~命なきき者の声~』のロケ地が都内某所らしい。
都内某所・・・この辺↓

・・・観たい、観たすぐる。
聞けばなんと、昨年10月4日放送の特別ドラマ『ガリレオΦ』も都内某所だったらしいじゃないか!?
観たひ・・・。
郷愁に駆られますなぁ。
とある本屋のHPのトップ
まぁ、ロシアにいると、何で?と思うような日本語の使われ方に出会うときがある。
まぁ、日本料理店が街のそこかしこにあり、車を始め日本製の工業製品に溢れる、一方で、実際の日本人はそれほど多くない等、実態として良く分からない神秘の国の、漢字というこれまた不思議な表意文字を含んだ日本語を、その意味深く考えることなく、デザインとして、或いは意匠化して用いる気持ちは分からんでもない。
まぁ、日本でTシャツやそこらに意味不明な英語を並べ立てているのと同じレベルと考えれば、納得がいく。
まぁ、とはいえ、奇異な感は否めない。
まぁ、そんなんばかりで、食傷気味、もういいよ、という感じではあるのだが、そんな一例をメモしておく。
モスクワにBritanniaという名前の外国書籍専門の書店がある。
外国書籍専門店と言っても、名前から察する通りほとんどは英語であり、あとはドイツ語、フランス語等西欧言語が若干、日本語はない。しかも、多くは語学テキストであり、一般書籍はそれほど多くはない。
とはいえ、経済等の英語のテキスト類や文学作品等もあり、真面目な本屋さんである。
その外国書籍専門店BritanniaのHPがこれである。
念のため、トップページ背景から関連部分を貼り付けておく。

えー、一体何なんでしょう?
とまぁ、そこでググってみる。
・・・ありました。
山野楽器のHPから。
・・・何故DIR EN GREY??
ロシアで、有名なのか??
この一文を何故引っ張ったんだ??
いや、それ以前にここはCDショップじゃない、しかも日本の書籍すら売ってない。
日本の場合、このレベルの書店等なら、ある程度引用する言葉にも懲りそうな気がするのだが。
まぁ、日本料理店が街のそこかしこにあり、車を始め日本製の工業製品に溢れる、一方で、実際の日本人はそれほど多くない等、実態として良く分からない神秘の国の、漢字というこれまた不思議な表意文字を含んだ日本語を、その意味深く考えることなく、デザインとして、或いは意匠化して用いる気持ちは分からんでもない。
まぁ、日本でTシャツやそこらに意味不明な英語を並べ立てているのと同じレベルと考えれば、納得がいく。
まぁ、とはいえ、奇異な感は否めない。
まぁ、そんなんばかりで、食傷気味、もういいよ、という感じではあるのだが、そんな一例をメモしておく。
モスクワにBritanniaという名前の外国書籍専門の書店がある。
外国書籍専門店と言っても、名前から察する通りほとんどは英語であり、あとはドイツ語、フランス語等西欧言語が若干、日本語はない。しかも、多くは語学テキストであり、一般書籍はそれほど多くはない。
とはいえ、経済等の英語のテキスト類や文学作品等もあり、真面目な本屋さんである。
その外国書籍専門店BritanniaのHPがこれである。
念のため、トップページ背景から関連部分を貼り付けておく。

えー、一体何なんでしょう?
とまぁ、そこでググってみる。
・・・ありました。
山野楽器のHPから。
1999年、同時発売のシングル3作を全てオリコントップ10に送り込むという衝撃的なデビューを飾ったDIR EN GREY。
・・・何故DIR EN GREY??
ロシアで、有名なのか??
この一文を何故引っ張ったんだ??
いや、それ以前にここはCDショップじゃない、しかも日本の書籍すら売ってない。
日本の場合、このレベルの書店等なら、ある程度引用する言葉にも懲りそうな気がするのだが。
2009/01/05
ランディ・パウシュ氏のスピーチ
ランディ・パウシュ氏のカーネギー・メロン大学の卒業生に向けたスピーチです。
たった6分足らずのスピーチですが、感動しました。
上記動画のポップアップのリンクでYou Tube行くと、関連動画で下リンクの本になっているカーネギー・メロン大学での特別講義「最後の講義」も観られます。
この本、日本から取り寄せました。究極に凹んだときに観ようと思ってまだ観てませんが。
一生懸命、生きたいと思います。
ランディ・パウシュ氏のご冥福をお祈りいたします。
たった6分足らずのスピーチですが、感動しました。
上記動画のポップアップのリンクでYou Tube行くと、関連動画で下リンクの本になっているカーネギー・メロン大学での特別講義「最後の講義」も観られます。
この本、日本から取り寄せました。究極に凹んだときに観ようと思ってまだ観てませんが。
一生懸命、生きたいと思います。
ランディ・パウシュ氏のご冥福をお祈りいたします。
登録:
投稿 (Atom)